髙田 郁『夏天の虹 みをつくし料理帖』の再現レシピ《肴は本を飛び出して⑮》

「小説やエッセイ、漫画に出てきた食べ物をおつまみにして、お酒を飲んでみたい」 家飲み派の筆者がささやかな夢を叶える連載、今回は映画も好評上映中の時代小説『みをつくし料理帖』からの再現です。

ライター:泡☆盛子泡☆盛子
メインビジュアル:髙田 郁『夏天の虹 みをつくし料理帖』の再現レシピ《肴は本を飛び出して⑮》

今が旬の牡蠣を昆布の宝船にのせて蒸し焼きに


◾こんな本です
舞台は江戸の小さな料理屋『つる家』。女料理人・澪は子供の頃に大水害で両親を亡くし、大坂屈指の料理屋『天満一兆庵』で奉公するなかで主人に料理の才能を認められ将来を期待されていました。

しかし、ある時店が火事で消失してしまい、主人夫婦と共に彼らの息子が支店を営む江戸へ向かうも、なんと知らぬ間に江戸店はなくなり、息子は行方不明という悲劇が待ち受けていたのです。しかも度重なる心労で主人は亡き人となってしまい、残された澪と女将は縁あって『つる家』で働くことに。

手打ちの蕎麦が評判の『つる家』でしたが、年老いた店主が引退を決意したことから澪が料理を任されるようになります。大坂とは水も食材も客の好みも異なる江戸で、戸惑い、挫折しながらも着実に自分の料理を作り上げていく澪。

「とろとろ茶碗蒸し」「ふわり菊花雪」「ひょっとこ温寿司」などネーミングも洒脱な名物を次々と生み出し、料理番付にも載るほど『つる家』の名が世に広まる中、澪は店の常連である口の肥えた浪人(のふりをした侍)に密かな恋心を抱きます。ふたりはいつしか身分の垣根を越えて思い合うようになりますが、澪は料理を捨てて侍の家に嫁ぐことができず破局を迎えてしまいました。

シリーズ7冊目となる『夏天の虹 みをつくし料理帖』では、改めて料理の道を選んだ澪が新しい料理に挑みます。

「番付に入りたいから新しい料理を考えるのでは決してありません。何よりもまず、お客さんに喜んで頂ける料理を作りたい。創意工夫を重ねることで、私自身の料理人としての器を広げていきたいのです」と元女将に語った澪が、試行錯誤を重ねて作り出したのが「牡蠣の宝船」でした。

悲しい別れを経て澪を取り巻く環境も大きく変化しますが、澪は常に市井の人々に寄り添い「食べることで身体を厭い、慰めになるような」料理を作り続けます。そして最終巻ではいろんな意味で驚きの大団円を迎えるのですが、それはぜひ本作で。

ユーモアと哀しみを織り交ぜたこまやかな人間描写に加え、出てくる料理がどれも美味しそうなのが一番の人気の理由。髙田 郁先生は作中の料理を自ら実際に作られるそうで、巻末には主要な料理のレシピも掲載されています。再現ニスト(言いにくいな)にはありがたい限り。

◾ここを再現
みをつくし料理帖メニュー全景

◾『みをつくし料理帖』のお品書き

  • 牡蠣の宝船
  • 炙り若布
つる家で初めて作らせてもらったのが、牡蠣の土手鍋だった。深川牡蠣を白味噌で煮たものは江戸っ子にはこの上なく不評で、お客から銭を投げつけられたのだ。あれは、もう四年も前のこと。
あれから四年。江戸の暮らしに馴染んだ今なら、江戸っ子の口に合う料理に仕上げられるのに。そんなことを思い、澪は、そうか、と声を漏らした。
牡蠣で何か新しい料理を考えられたなら、面白いかもしれない。何より美味しくて食べた人が健やかになれるような料理を。

『夏天の虹 みをつくし料理帖』(髙田 郁/ハルキ文庫)「忘れ貝 −牡蠣の宝船」より
衣を工夫して揚げたり、擂り身にしてみたり、奉書焼のように紙で包んで焼いてみたり……。失敗を重ね、たどり着いた新しい料理「牡蠣の宝船」はこのようなものでした。
“鍋に水を張って昆布を浸し、柔らかくなったらすぐに引き上げる。戻した干瓢で両端を縛り、指を入れて底を広げた。
ほう、と店主が感嘆の声を洩らした。
「船形にしようってぇのか」
返事の替わりに微笑んで、澪は作業を続ける。
船の底にあたる部分に、牡蠣の剥き身を並べて、そのまま七輪の網に載せた。火に炙られて昆布が芳しい匂いを漂わせる。頃合いを見て、酒をほんの少し振りかけた。じゅわっと湯気が立ち、昆布に守られて牡蠣が蒸し焼きになる。
種市の喉がごくりと鳴った。
 澪の差し出した小皿には、櫛に切った柚子が載せられている。おりょうの柚子だ。
「そのままでも美味しいのですが、口が変わりますから」。

『夏天の虹 みをつくし料理帖』(髙田 郁/ハルキ文庫)「忘れ貝 −牡蠣の宝船」より
名付けの妙も功を奏して「これを食やぁ、懐が暖かくなりそうな気がする」と江戸っ子たちを喜ばせて評判を呼び、しまいには模倣する店が続出するまでになりました。それでも澪は「真似するよりも、真似される立場の方がずっと良いです。料理人としての器量を落とさずに済みますから」とあくまで前向き。その清々しい姿に心を打たれます。

【みをつくし料理帖の再現レシピ①】牡蠣の宝船

牡蠣の宝船
<材料>
・剥き牡蠣
・昆布(幅12cm、長さ25cmほどの日高昆布が理想)
・酒
・干瓢(かんぴょう)
・柚子

<下準備>
・昆布は水に浸けて、柔らかく戻しておく(旨みが逃げるので浸け過ぎ注意、と髙田先生)。
・干瓢はさっと洗ってぬるま湯で戻しておく。

<作り方>
① 昆布の両端を干瓢で結んで、指で底を広げるようにして形を整える。
② 底に牡蠣を並べ、網に載せて火にかける。
 ※私はオーブントースターで焼きました。
③ 昆布に火が回ったら、酒を振りかけて蒸し焼きにする。
④ 牡蠣に火が通れば完成。好みで柚子を搾り入れる。
牡蠣の宝船アップ
◾食べてみた
磯の香りと湯気がふぁ〜っと立ちこめ、食べる前からすでに美味しい。蒸し焼きにされてふっくらとした牡蠣を眺めるだけで酒が飲めそうです。でもこれは熱いうちに食べなきゃ。

まずはそのまま。昆布の香りがうっすらと牡蠣に移って旨み倍増。とろりミルキーな身も、シコッとした貝柱やヒダヒダの部分(外套膜というのだそう)もそれぞれに旨い。

柚子を搾ると、爽やかな香りと酸味が加わってまさに「口が変わり」ます。どちらの味もお酒に合うこと、言わずもがなですね。

牡蠣を食べた後の昆布もおつまみになります。お好みの加減に焼き直すのも一手。私は分厚い真昆布を使ったのでむっちむちの食感でした。食べ切れなかった分は出汁をとってお吸い物に。うっすらと牡蠣の香りもして、ちょっと嬉しい余禄でしたよ。

【みをつくし料理帖の再現レシピ②】炙り若布&若布おにぎり

炙り若布&若布おにぎり
おまけにあと2品。「忘れ貝 −牡蠣の宝船」の次章「一陽来復 −鯛の福探し」に登場する、これまた海藻を使ったおつまみです。

前章で、破局のあと思い人が別の女性と結婚したことを偶然知ってしまった澪は、そのショックからか嗅覚を失ってしまいます。そこで、澪たちとは浅からぬ縁のある又次(またじ)という料理人が助っ人に通うことに。吉原の廓に務める又次が客に教わり、『つる家』で再現してみた一品が「炙り若布」。
「出雲だったか因幡だったか、若布をこうするんだと。本当は、正月あたりに出回る新ものでやるのが一番なんだが、こうして若布を広げて海苔みてぇに乾かすと、ちょいと面白ぇことになる」

『夏天の虹 みをつくし料理帖』(髙田 郁/ハルキ文庫)「一陽来復 −鯛の福探し」より
又次は井戸端で洗った戸板に干していましたが、現代では真似するのがたいへんなので天ぷらバットの網を利用しました。

<材料>
・生わかめ
・ご飯

<作り方>
① わかめを広げて網などの上に並べ、半日ほど天日に干す。
生わかめ
晴れときどき曇りの日に5時間ほど干したらこうなりました。
乾燥させたわかめ
② 食べる直前にオーブントースターなどで軽く炙る。

◾食べてみた
又次は七輪で炙っていましたが、そのためだけに炭を熾すのもアレですからトースターでほんの一瞬だけ温めるくらいに焼きました。

面白いほどにパリッパリ! で、しっかり香ばしい。そういえば、こういうの漁港近くの売店なんかで売っているのを見かけますね。生で食べるよりも、磯の風味がぎゅっと濃くなって小さなひと切れでお酒を進ませてくれます。自然な塩気がまたおつまみ向き。

又次は粗く砕いたものを白飯の上にかけた若布ご飯も作り、つる家の店員たちや客を「宝船の昆布も旨かったが、こいつはこいつで何とも優しい味だ」と大いに喜ばせます。酒の席なので、お茶碗に盛り付けるのではなく小さなおにぎりにしました。ご飯の温かさでしんなりしたわかめもまたオツなもので。

***

あれこれ食べても罪悪感のないヘルシーな海藻の3品、堪能いたしました。牡蠣の宝船はおめでたい名前とちょっと変わった見た目で、新年の酒肴にもよさそうです。

今のうちに船を格好よく作れるように練習して、年明けに披露してみるのはいかがでしょうか。私は欲張って船を大きくし過ぎたので、次回はもっと品のいい船を作りたいです。

※記事の情報は2020年12月8日時点のものです。
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