サントリーが55億円投資しジン製造を増強。来春一般公開の「スピリッツ・リキュール工房」をひと足早く体験

ジャパニーズクラフトジン「ROKU〈六〉」をはじめ「翠(SUI)」や「-196[イチキューロク]」など、スピリッツやリキュールを製造するサントリー大阪工場が、55億円かけて製造設備を増強しました。さらに見学コースを設けて2026年春頃に一般に公開します。その「スピリッツ・リキュール工房」をひと足お先に体験してきました。

メインビジュアル:サントリーが55億円投資しジン製造を増強。来春一般公開の「スピリッツ・リキュール工房」をひと足早く体験

急成長のジン市場を「ROKU〈六〉」が牽引

日本国内のジン市場は2019年からの5年間に3.5倍と急成長しました。理由は飲むシーンの拡大です。ジンはかつて、ジントニックやジンフィズをバーや立食パーティで飲まれるくらいでしたが、最近は居酒屋で食事しながらソーダ割りを飲むようになってきました。

こうしたカジュアルな飲用シーンの広がりに加えて、比較的高価なクラフトジンの市場も拡大しています。スーパーマーケットの酒売場に、クラフトジンがたくさん並んでいるのをご覧になった方がいらっしゃるかもしれません。「ビーフィーター」「ゴードン」「ギルビー」などスタンダードなジンは1000~1500円くらいですが、クラフトジンは3000円以上のものも。それでも何種類も売場に並べられるほど関心が高まっています。

日本のクラフトジンを代表するのは「ROKU〈六〉」です。2017年に発売されるとグローバルなクラフトジン市場が注目します。日本ならではの6種のボタニカル(桜花、桜葉、煎茶、玉露、山椒、柚子)を使った味わいが高く評価され、今では約60カ国で販売され、販売数量世界第2位のクラフトジン・ブランドになりました。売上構成比は海外が9割を占めています。

サントリーはジン市場の成長が続くと見て、今回、大阪工場に55億円を投資して生産能力を2.6倍に増強したのです。具体的にはボタニカルを浸漬するタンクを8基新設したうえ蒸溜釜(ポットスチル)の機能を向上させました。また、スピリッツ・リキュールづくりの魅力を伝えるために見学施設を整備し、「スピリッツ・リキュール工房」として2026年春頃に一般公開を開始します。

ウイスキーのイメージが強いサントリーですが、発展の礎は1907年に発売した「赤玉ポートワイン(現赤玉スイートワイン)」です。創業者の鳥井信治郎は1919年に大阪工場を建設して生産能力と品質を高め、1936年に「ヘルメス」のブランドでジンやベルモットを発売、その後もさまざまなスピリッツやリキュールを開発して日本の洋酒文化の発展に心血を注いできたのです。
サントリー大阪工場にできた「スピリッツ・リキュール工房」
サントリー大阪工場にできた「スピリッツ・リキュール工房」
創業者 鳥井信治郎氏の銅像。手にしているのは「赤玉スイートワイン」
サントリーの最初の本格的な生産拠点である大阪工場にある創業者 鳥井信治郎氏の銅像。手にしているのは「赤玉スイートワイン」
瞬く間にグローバル・ブランドとなったサントリージャパニーズクラフトジン「ROKU〈六〉」
瞬く間にグローバル・ブランドとなったサントリージャパニーズクラフトジン「ROKU〈六〉」
サントリー大阪工場の主な商品。梅酒や缶チューハイもここで製造されている
サントリー大阪工場の主な商品。梅酒や缶チューハイもここで製造されている

ジン製造がよくわかる「スピリッツ・リキュール工房」

来春、一般公開予定の「スピリッツ・リキュール工房」の一部をひと足早く見学してみましょう。最初に目に飛び込んでくるロゴマークは「ROKU〈六〉」で使われる桜や柚子など6つの日本のボタニカル素材で、蒸溜釜をかたどっています。エントランス・フロアにはサントリーの主なスピリッツ・リキュールの商品が古い順に展示され、その歴史をたどれるようになっていました。

製造工程の見学は上のフロアです。エレベーターを降りると目の前に銅色に輝く大きな蒸溜釜。傍で作業する人の4~5倍、高さは7~8mはありそうです。ガラス越しに見下ろすのですが、なかなかの迫力です。
ボタニカルの図案を組み合わせて蒸溜釜を描いたロゴ
ボタニカルの図案を組み合わせて蒸溜釜を描いたロゴ
右がジン・スチル(ジン用の蒸溜釜)、左はピール・スチル(果皮用蒸溜釜)。初めて見る人は皆、その大きさに驚くだろう
右がジン・スチル(ジン用の蒸溜釜)、左はピール・スチル(果皮用蒸溜釜)。初めて見る人は皆、その大きさに驚くだろう
更新された蒸溜釜4基の説明と工程解説
今回更新された蒸溜釜は4基。向かって左は減圧蒸溜器(蒸溜器内の気圧を下げて低温で沸騰させる)。右の3つの銅釜はそれぞれ機能が異なりボタニカルによって使い分ける

ジンはボタニカルが香る酒

日本では蒸留というとアルコール度数を高める工程、と捉える傾向があります。日本酒を蒸留すると焼酎になり、ビールならウイスキーに、ワインはブランデーとイメージします。ですが蒸留には香気成分を抽出するという働きもあります。たとえばハーブガーデンで売られているミントやラベンダーの精油は、ハーブの香気成分を蒸留するなどして抽出したものです。広い目で見ると蒸留はアルコール度数を高めることよりも、香気成分を取り出すことを期待して行うことの方が多いかもしれません。
左はファーム富田(富良野)の蒸溜器。後ろにラベンダー畑が広がっていた(2009年撮影)。右は化粧品ロクシタンのパリの直営店の蒸溜器のディスプレイ
左はファーム富田(富良野)の蒸溜器。後ろにラベンダー畑が広がっていた(2009年撮影)。右は化粧品ロクシタンのパリの直営店の蒸溜器のディスプレイ
ジンはボタニカルを蒸留酒に浸漬して香気成分を取り出したり、さらにそれを蒸留して狙った香気を抽出したりしてつくる酒です。製品の設計では、ベーススピリッツ(漬け込む元になる蒸留酒)を何にするか、どんなボタニカルを使うか、浸漬時間をどれくらいにするか、どんな蒸溜器でどのように蒸留するか等、無限にある選択肢から素材と製造方法を選び試行錯誤を繰り返します。
ジンに欠かせないジュニパーベリー(右)。シナモン(中)やコリアンダーシード(左)もよく使われる
ジンに欠かせないジュニパーベリー(右)。シナモン(中)やコリアンダーシード(左)もよく使われる
「ROKU〈六〉」に使われている6つの日本のボタニカル。桜の花と葉、柚子、山椒、玉露、煎茶
「ROKU〈六〉」に使われている6つの日本のボタニカル。桜の花と葉、柚子、山椒、玉露、煎茶

「ROKU〈六〉」は和食の「炊き合わせ」に通じる

製造工程の見学が終わると、テイスティングルームに案内されました。カウンターにはトレーに4つの試飲サンプルがセットされています。

試飲の前に「ROKU〈六〉」に使われているボタニカルが、製品になるまでの説明動画を視聴します。神奈川県の八重桜の花がトラックで大阪工場に搬入され、待ち構えていたスタッフが蒸留液に花を投入するまでを追いかけたシーンでは、収穫から浸漬開始まで2日間もかかっていませんでした。フレッシュな方がよければより速く、収穫タイミングが重要ならそれに合わせて後工程を組むなど、ボタニカル素材の最適を追求してきたであろうことが分かります。

そして「ROKU〈六〉」の製法の最大の特徴は、和食の「炊き合わせ」のように、素材ごとに最適の方法で香気を抽出し、最後にブレンドして完成させる手法にあります。ジンの製造では複数のボタニカルをまとめて浸漬して、一度に蒸留することが一般的です。このやり方はシンプルですが、熱いのを好む素材も冷たいのを好む素材も一律に扱われ、良さを損なっている場合もあるでしょう。

テイスティングでは、「ROKU〈六〉」と「柚子の原料酒」「桜の原料酒」「ジン原料酒」を飲み比べました。試すと「ROKU〈六〉」のなかにそれぞれの原料酒が存在していることが分かります。「ROKU〈六〉」だけを飲んだのでは見つけられない味わいも、原料酒を飲んでみると分かるようになりました。

レクチャーと見学を通じて、講師の伊藤定弘さん(スピリッツ・ワイン商品開発研究部・部長)がプレゼンテーションの最初のスライドで示した、鳥井信治郎の時代の「日本人の味覚に合う洋酒をつくり、洋酒文化を切り拓きたい」から始まり、現在は「世界中で楽しまれる、日本のジンをつくり、広めたい」になったというフレーズが印象に残りました。

「スピリッツ・リキュール工房」の一般公開は来春です。ジンやリキュールがお好きな方は必見のスポットです。お出かけください。
見学後にサークル型のテイスティングルームで「ROKU〈六〉」を試す
見学後にサークル型のテイスティングルームで「ROKU〈六〉」を試す
桜の原料酒の説明の時には部屋中が桜に染まった
桜の原料酒の説明の時には部屋中が桜に染まった
3つの原料酒を確かめつつ試飲すると、「ROKU〈六〉」の重層的な味わいを一皮ずつ剝いていく感覚なる
3つの原料酒を確かめつつ試飲すると、「ROKU〈六〉」の重層的な味わいを一皮ずつ剝いていく感覚なる
原料ごとにつくりわける「炊き合わせ」的な製法を説明
原料ごとにつくりわける「炊き合わせ」的な製法を説明
左から伊藤定弘部長、矢野哲次工場長、新関祥子部長
左から伊藤定弘部長、矢野哲次工場長、新関祥子部長

※記事の情報は2025年7月17日時点のものです。

  

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