イタリアの森で知った、ロゼワインに本当に合う料理とは?
イタリア留学経験もあり、イタリア語講師として多数の著作がある京藤好男さん。イタリアの食文化にも造詣が深い京藤さんが在住していたヴェネツィアをはじめイタリアの美味しいものや家飲み事情について綴る連載コラム。今回はイタリアで出会ったロゼワインの意外な飲み方をご紹介します。
ロゼにはワイルドなおつまみがベストマッチ
しかしながら、私の衝撃的なロゼ・ワイン体験は、都会のホテルやレストランなどではなく、狩りに行った森の中である。私の留学時代の友人、ピエモンテ州カザーレ・モンフェッラート出身のダニエーレ・ガッティ君が、ある年の12月始め、ジビエの狩猟を見せてくれると言うのだ。早朝、気温はマイナス2度、国鉄の最寄駅ヴェルチェッリに着くと、彼の父親がフィアット500Xで迎えに来てくれた。トランクにはライフル銃と迷彩服。見学者の私も蛍光オレンジ色のジャケットを着せられ、
「誤って、君を撃ってしまうと困るからね」
迫力ある髭面のお父さんが、ニタっとした。イタリア流の軽いジョークですよね、きっと、と笑う私の顔が引きつってしまう。
その日の獲物はlepri[レプリ]、「野兎」である。確かに、イタリアではウサギ肉をよく食べるが、それまで銃で狩るものとは知らなかったので、現場に行くとなんだか、怖いような、悲しいような、気後れがした。丘陵地帯の畑地に狩猟犬が放たれて、狩りは始まった。犬に追い出された兎を狙うという手法だが、なかなかウサギは飛び出て来なかった。2時間あまり、私はダニエーレの後ろで見ていたが、収穫はなし。
「一息入れよう」
そこで彼がおもむろに、銃弾が入ったバッグから取り出したのが、ロゼ・ワインのボトルだった。
「こんなところでロゼ?」
似つかわしくない、とうっかり思った私に、
「ロゼはこれにぴったりだぜ」
次に彼がつかんだのが、タッパに詰められたサラミや燻製ハムだった。素手で口に入れたハムを、ロゼで流し込む。その瞬間、むしろ濃いとさえ思われたハムの塩味が、ほどよい甘味に変わり、ロゼの酸味の柔らかさと合間って、冬の凍てつく森の中、口の中にだけ春風が吹いたようだった。
「なるほど、そこでロゼか」
目から鱗の思いで、感心する私に、
「ウサギ肉にもぴったりなんだけど」
巨体を持て余してウサギを追い回す父親に目をやり、ダニエーレはいたずらな笑いを見せた。
ロゼ・ワインの製法とイタリア流つまみの合わせ方
「自然のもの(naturale)には自然のもの、人工的なもの(artificiale)には同類のものを合わせるのは、理にかなっている」
ワインもハムも、自然の素材、つまりブドウや肉を基にしているのだから、自然のもの、と考えて普通だ。しかしその言葉の真意は、ロゼの製法に関わっている。
イタリアで主流なのは、次の2つの方法である。
・赤ワインと同じ方法で、まずは黒ブドウを用いて果皮も一緒に発酵させる。ほどよく色付いたところで果皮を取り除き、今度は白ワインと同じく果汁だけを再び低温で発酵させる。
・最初から黒ブドウを皮ごと潰して自然に果汁に色を移しておき、あとは果汁だけを白ワインと同じ方法で発酵させる。
いずれも、原料は赤ワイン、製法は白ワインだ。つまり、どの程度赤と白の個性を残すかは、人間のさじ加減一つというわけなのだ。ブドウを仕込んで、あとは寝かせ、自然の営みに任せる白や赤の方法とは異なり、ある時点で人間の手が加わることが artificiale、人工的、と表現された所以なのである。そう考えると、ハムやサラミも、生肉から直に作る料理に比べればartificialeと言うのもうなずける。ほかにもレバーパテやテリーヌとも相性がいい。
よくソムリエや料理の専門家たちの、ワインと料理の組み合わせのアドバイスに「色と色を合わせる」、「産地を合わせる」といった表現がある。それにちなんで言えば「自然のものは自然のもの」「人工的なものは人工のもの」というのも、ユニークながら的をえている。
以来、私は機会があればロゼを飲み比べ、「人工的なおつまみをください」と言っては、苦笑いされている。
※記事の情報は2017年4月25日時点のものです。
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