どぶろく最前線⑪ 中能登町は毎年12月12日に「どぶろく宣言」
石川県の中能登町は毎年12月12日に「のと、どぶろく宣言。」を発して、シーズンの始まりを告げます。どぶろくで町おこしを推進する同役場の駒井秀士さんと天日陰比咩神社(あめひかげひめじんじゃ)の船木清崇さんにその経緯を伺いました。
観光資源としてのどぶろくを発見
駒井 ありがとうございます。覚えやすい日にしようと12月12日にしました。秋に収穫した米で造ったどぶろくはこの頃から楽しめるようになります。
―中能登町のどぶろく特区認定は2014年で、制度ができてから10年経っています。だいぶ後発ですが、何かきっかけがあったのでしょうか?
駒井 それまではどぶろくに価値を感じていなかったというのが正直なところです。今、町内にどぶろく生産者は2つありますが、そのお一人からどぶろくをやりたいので特区を申請して欲しいと働きかけがありました。その時に、そうだ、町にはどぶろくを造っている神社が3つもあり、どぶろくは中能登町をアピールするいい材料になるのではないかと気づいたのです。
能登には観光地がたくさんありますが、この町に立ち寄ってもらえるような観光資源の開発は重要テーマです。
駒井 藩政時代から氏子(うじこ)によるどぶろく造りが続いています。神事の際の振る舞い用で販売はできません。そんな伝統もあってどぶろく特区の申請はスムーズに進みました。
―特区に指定されても生産者が出ないケースがよくあります。どぶろく生産者が2軒できてよかったですね。
駒井 どぶろく製造免許の条件では、米作り、酒造り、飲食施設の併設というハードルがあります。
2軒のうちのお一人は大きな農家で、酒造りと飲食施設が課題となりました。酒造りは自分で勉強したり、日本酒の酒蔵で数週間勉強させてもらったりして、課題を乗り越えました。農家レストランを開設するまでに、さらに3年かかりました。
もうお一人は飲食業をされている方でしたので、米作りと酒造りが課題でした。ご存じのとおり特区のどぶろくは自分で栽培した米でしか造れませんから。免許の取得に必要なことを、われわれも勉強しながら伴走して、何とかスタートしてもらえました。
―どぶろく祭りを開催したり、関連商品の開発を推奨したり、昨年はバスを仕立ててどぶろく巡りツアーも開催したそうですね。
駒井 はい。どぶろくを発信するためにできることはどんどんやろうと、どぶろくカクテルを開発したり、どぶろくを使った料理やスイーツを試作したりしています。バスツアーは国民文化祭の行事の一環としてやりました。金沢から日帰りで3つの神社のどぶろくを飲み比べてもらうもので、25人が参加しました。
どぶろく新規参入の高いハードル
駒井 いやあ、難しいですね。ずっと三人目と言い続けているのですが、なかなかゴールにたどり着けません。農家の方だけでなく、どぶろくに関心のある方を集めて、何度も説明会を開いたのですが……。
―そんなに儲かるものではありませんし、ビジネスとして考えると踏み切れない?
駒井 開業されたお二人も利益ではなく、本業のプラスアルファで、やってみたいという気持ちからだと思います。元々どぶろく造りは農家の楽しみという面もありましたし、それはそれでいいと思います。
―何がネックになっているのでしょう。
駒井 一番は時間がかかることで、あとは設備投資が要ることです。どういう状況からのスタートになるかで違いますが、何もないところから製造免許を取ろうとすると、6年かかってしまいます。興味を持ってくれる若い方はいるのですが、みな諦めますね。
―6年もかかるんですか?
駒井 はい。米作りは苗植えから収穫まで、水の管理や除草、虫害対策など、すべてできるようになるには2~3年かかります。さらに酒造りを勉強しながら、飲食店も始めるとなるとスタートまでに5~6年はかかります。
―そうか。たしかに、それくらいかかりそうですね。今は長野や北海道でワイナリーの開業が相次いでいますが、ワイナリー経営を学びながらブドウの栽培に3~4年、ぶどうが収穫できるようになったら、既存のワイナリーに持ち込んで一緒にワインをつくり、何シーズンかやって独立開業ですから、同じくらいかかっていますね。
ところで、設備投資というのは、冷蔵庫や蒸し器ですか?
駒井 はい。そのほかに飲食店の設備や、場合によっては農機具も必要になります。
―農業機器や厨房も必要なんだ。そう考えると、ゼロからのスタートはハードルが高いですね。農業か飲食業で事業基盤のある方に、関心を持ってもらわないと、どぶろく参入は難しいかもしれません。
駒井 せめて飲食店は併設でなく、取扱い飲食店の確保くらいまで条件が緩和されると、ぐんと参入しやすくなると思います。
全国どぶろく研究大会招致
駒井 どぶろくの町をアピールするロードマップに、「全国どぶろく研究大会」の招致があり、うちでもできると判断してホスト役として名乗りをあげました。
―中能登町のどぶろく生産者さんはこれまでに入賞された経験はございますか?
駒井 お一人は優秀賞を獲っていたと思います。ただ、私はコンテストでの入賞はあまり気にしていません。どぶろくは味のバラエティの豊富さが魅力だと思うので、入賞を狙うがためにどれも似た味になってしまうと本末転倒なのではないかと懸念します。
―程度問題ではないでしょうか。個性と言っておいしくないものを提供されると、「どぶろくはまずい」と思われてしまう。
駒井 たしかに。でも、中能登町のどぶろくはおいしいです(笑)。
内々の神事だった「どぶろく」を外に発信
地元の観光協会の会長も務める禰宜の船木清崇さんが、生家であるこの神社に戻ったのは10年ほど前です。金沢の石川県神社庁を退職し故郷で暮らすのは20年ぶりでした。そこでは氏子の高齢化が進み、空き家ばかりで、記憶にあるかつての町の姿はありませんでした。交流人口を増やさなければ廃れるばかりと危機感を募らせ、自身ができることを考え、神社が製造免許をもつどぶろくを活用した観光開発に取り組み始めました。
船木さんにこれまでの取り組みをお聞きしました。今も続いているのでしょうか?
―こちらの神社ではずっと氏子の皆さんがどぶろくを造ってきたと聞きました。
船木 昔はそうでしたが、今は外部の承継者に入ってもらっています。氏子の皆さんが高齢化してできなくなり、しばらく私と家族で造っていたのですが、観光客に提供するようにしてから造る量が増えて、今は金沢などからボランティアで来てくれる承継者の方々に手伝ってもらっています。
―どのくらい造るのですか?
船木 年に一度11月に仕込みます。12月5日の新嘗祭にどぶろくを振舞うので、それに間に合うように造ります。
発酵槽は大きな甕が3つと木桶が5つ、それと予備のプラスチックの樽がひとつです。ほかにも容器はありますが酒造用に税務署の検定を受けているものはこれだけです。これで正月三が日に振る舞う分と、3月上旬まではご祈祷やお祓いを受けた方に授与するお下がりの分を賄っています。
どぶろくができると国税局の方が検定に来ます。珍しいので、毎年、地元のテレビ局がその様子をニュースで取り上げてくれまして、少しずつ知られるようになりました。5年位前からはどぶろくを提供している期間中(12月~3月)は、一週間のうち3~4日は観光バスが入ります。首都圏からのツアーが多く、能登観光の立ち寄りスポットになってきました。かわらけ代(300円)だけでどぶろくを試せて、1時間くらい楽しめるので手頃なのだと思います。
自分たちは「中能登町」と考えてしまいがちですが、遠方の方にしたら「能登」であってその中のスポットのひとつにすぎません。この町に人を呼び込むという発想ではなく、他の地域と連携して盛り上げるという見方が大切だと思っています。
―ええ、その視点は重要だと思います。ところで、以前は石川県内でもこちらのどぶろくはあまり知られていなかったのでしょうか?
船木 知られていなかったと思います。もともと氏子が造り、神事で飲む内々の行事で、外に見せるものではないという意識が強かったですから。私が帰って来て、過疎を止めよう、交流人口を増やそうと外に発信するようになって変わりました。
どぶろくは米・水・酵母を変えて造り分け
船木 以前はそれで十分だったのですが米を作る氏子も減りましたし、必要などぶろくも増えたので購入した米も使っています。
前に古代米が奉納された時にはそれでどぶろくを仕込んでみました。清酒では雑味が出ると言われましたが、どぶろくはおいしく仕上がりました。無農薬米や酒米の奉納もあり、すべて容器を分けて仕込んでいます。
酵母は主にきょうかい酵母を使いますが、神社内で酵母が3種類採取できたので、それを使ったどぶろくも試醸しました。同じ条件でも湧き方が違っておもしろいです。きょうかい酵母は安定していて、湧きが速くて失敗しないのだとよくわかります。
船木 麹は氏子の味噌屋さんに米を預けて造ってもらいます。仕込み水は山の湧き水と井戸水で、これも容器ごとに分けています。
―いや、本当に酒造りがお好きそう。温度の経過データまでとっているのでは?
船木 最初はデータをとったのですが、(酒造りは)年に1回ですし、湧き水の温度が動くので、意味がないと思って止めました。仕込み方もいろいろ試しました。古文書にある昔のレシピでどぶろくを造ってみたら、粥を食べているような酒ができた。酒蔵のアドバイスを受けて造って、氏子から「これはどぶろくか?」と言われたこともあります。
―12月から3月までどぶろくを提供するとなると、冬場とはいえ味が変わっていきますね。冷蔵庫で保管するのですか?
船木 おっしゃるとおりです。冷凍ストッカーを購入して、おいしい状態で提供できるようにしました。
―それはいいですね。神社のお仕事に加えて観光協会にどぶろくPRとご多忙だと思いますが、これからもどぶろくで町を盛り上げてください。本日はありがとうございました。
(2024年7月19日 於 中能登町役場/天日陰比咩神社 聞き手 山田聡昭・酒文化研究所)
※記事の情報は2024年12月5日時点のものです。
『さけ通信』は「元気に飲む! 愉快に遊ぶ酒マガジン」です。お酒が大好きなあなたに、酒のレパートリーを広げる遊び方、ホームパーティを盛りあげるひと工夫、出かけたくなる酒スポット、体にやさしいお酒との付き合い方などをお伝えしていきます。発行するのは酒文化研究所(1991年創業)。ハッピーなお酒のあり方を発信し続ける、独立の民間の酒専門の研究所です。
- 1現在のページ